HERO'S CLUB 企業ドキュメント ~人生と仕事の繁栄~

学びで自分の考え方が変わったことによって、
会社と人生が驚くほど変わり、夢も実現。



株式会社山崎文栄堂 常務取締役
ヒーローズクラブ事務局長
サットサンガ合同会社 代表
若狹 謙治 氏


若狭謙治氏は、文房具などを扱う山崎文栄堂の常務を務めるかたわら、2018年に自分の会社を立ち上げられました。入社後、営業戦士として走り続け、会社の売り上げは爆発的に伸びたものの、人が辞め続けるという“冬の時代”が10年ほど続いたそうです。その間、若狭氏も仕事が全然楽しくなく、自分の生き方についてずいぶん悩んだと言います。しかし、「幸せな社会を創り、拡げる」という会社目標を掲げた後は、辞める人はほとんどいなくなり、また、大手企業さんからお声がかかるほどの企業へと成長されました。また、若狭氏ご自身も、夢であった会社経営への道がひらけ、充実した毎日を送られています。

社長に魅かれて入社

私は、大学卒業後、外資系の人材派遣の会社で営業をしていました。しかし、新卒3年目のとき、社長がトラブルを起こして、どんどん人が辞めていったんです。
そのとき思ったのは、「会社は社長で決まるな」と。社長がどういう方針でどういうことをやっているか、どういう社長の下で働くか、ということがすごく大事だな、と思いました。

結局、私もその会社は辞めて、転職活動をしました。
元人材派遣会社のバリバリの営業マンで、しかも役職を持つ活きが良いのが来たということで、大手の人材派遣会社さんなど、12社ほど内定をいただいきました。

でも実は私は、大企業にはあまり興味がなかったんです。もともと自分で経営がしたかったので、経営を学ぶ意味でも中小企業でそれも吹けば飛ぶような会社もいいかなと思い、いろいろな会社にあたりました。
そのようなとき、山崎文栄堂の社長(当時は副社長)に会いました。
面接のとき面白かったのは、社長が9割方しゃべっていて、こっちの言うことは一切聞いていなかったことです。とにかく「一緒に家業から企業にしていきたいんだ」という話をされて…。「この人一生懸命だし、楽しそうにしゃべってるな、いい人だな」と感じました。
私にとって事業の内容とかよりも、どういう経営者の下で働くか、ということが大事だったので、「この人のもとで働きたい」と思い、入社を決めました。

「この人のもとで働きたい。そこから始まった二人三脚。」

そこから、私と社長との二人三脚が始まりました。

社員の定着率30%という“冬の時代”

入社後、前年対比200%が続くなど売り上げは爆発的に伸びたものの、人が入っては辞めるという“冬の時代”が10年間ほど続きました。

1995年に山崎文栄堂とアスクル社(当時はプラス)が代理店契約を交わして、2002年に私が入社したんですが、当時は、とにかくいけいけドンドンという状態でした。

当時、FAX・DMというのがは流行っていたんですけど、FAX機3台がフル稼働で1日に何十万件も発信。売り上げは面白いぐらいドンドン上がるんですが、仕事としては全然楽しくないですよね。「別に俺じゃなくてもいいんじゃないか」と思ったり…。
そのうち返信率も悪くなってきたので、「いま使ってくれているお客様に会いに行こう」と思い。ひとりで既存のお客様を訪問するようになりました。

2009年、「渋谷でシェアを取っていく」という地域戦略を立て、「シェア30%以上」という数値目標を掲げました。
渋谷にある法人企業を全部リスト化して、新卒も含めて1日に100何件も回らせる。アスクル以外のところは、アスクルに代えてもらうということを地道にやっていったところ、2011年に渋谷でのシェアが39%になりました。

「ひたすらに量で売り上げを追い続けた。」

でも、39%にするというのは結構大変なんです。営業マンを競わせたり、「1日〇件回るまで帰ってくるな」と言ったり、さまざまな手を使いました。

みんな夜の11時ごろまで仕事をして、かなりのハードワークになりました。そのせいで、人が入っては辞め、入っては辞めるという状態が続き、定着率が30%だった時代もありました。

業績は伸びたけど、私自身、全然楽しくなかったですね。でも、「仕事とはそういうものだ」と思い込んでいたので、楽しいとか楽しくない、とかいう次元では考えられませんでした。
「会社は粗利をあげに来るものだ」「自分の給料の3倍稼がないと一人前じゃない」みたいな雰囲気だったので…。私がそのようにしていたんですけどね。

「ボロボロになって人がやめていく。人の生き方としてどうなのか?」

新卒採用にあたっては、業績をアピール。だから、新人も希望にあふれて入社してくるんですが、辞めていくときは、もうボロボロになって廃人のようになって出ていくわけです。
そういうことが続くと、「人の生き方としてどうなのかな」と自分自身、思うようになりました。送り出すのは後味が悪く、「なんか、いいことしてないよな」と。
でも、実際、何をどうすればよいのかまったく分かりませんでした。

希望が見い出せた!

2011年に、ある会社の経営発表会で、ワールドユーの会員であるヴァリアントの和田雅英社長が私に声をかけてくださいました。
「コミュニケーションとか人間関係で悩んでるんだったら、いいとこあるから、一緒に行かない?」と誘ってくれたんです。「気が楽になるし、若狭さんらしさがまた出ればいいよね」と。
ちょうど自分自身もこの状況をどうしてよいか?悩んでいたときで、私のつまらなさそうな顔を見て、声をかけてくださったんだと思います。私は「行くしかないかな」と思い、すぐに「お願いします」とお返事しました。

研修で、まずビックリしたのは、トレーナーの方がコミュニケーションの仕方を解説されたことです。コミュニケーションというのは感覚の問題であって、解説できるものとは思っていなかったので、「これはすごいな」と思いました。
「これは何でこうなるのかというと、そういう脳のプログラムがあって…」みたいな解説をされたとき、自分が営業でやってきたことが裏付けられた感じ、興味深かったです。

最初は、自分のコミュニケーション能力を向上させるのに役立つと思って学んでいたのですが、トレーナーの世界観に触れていくうちに、これは会社をよくするためにも役立つということに気付いたんです。
コミュニケーションによって会社がよくなるとは思っていなかったので、驚きました。会社がよくなるのに必要なものは、マーケティング知識、営業スキル、福利厚生や制度などだと思い込んでいたので。

こういうことを社員全員が学べば、「伝わらない、分からない」が減っていき、みんなの力がより発揮されるんじゃないかな、という予感、希望を見い出しました。

社内が劇的に変化

しかし、学んだからといって、すぐに会社がどうにかなるわけでもありません。
最初に会社が変わったなと思ったのは、「正直に言うとこの件はちょっとこう思うんですよね」と直属の部下が私に言ってくれたときです。

前は、部下が何か言ってくると、すごくいらついたんです。ちょっと反対されただけで、否定されたような気分になって、「お前に何がわかるんだ」と。
「これは決まっている話だから」「つべこべ言わずに、とにかくやるんだ」と即座にはねつけたりして…。今から思うと、本当にいやな上司ですよね。こうなると、部下も言いたくなくなり、何も言わなくなる。そんなわけで、社内にも殺伐とした雰囲気が漂っていました。

部下が「ちょっとこう思うんです」と言ってくれたとき、私が一番最初に発した言葉が「ありがとう」だったんです。自分でもビックリしました。これまででは考えられないことでしたから。言われた方もビックリして…。
部下からすると、上司に進言するということは、へたすると自分の評価が下がる場合もあります。しかし、それを越えて言ってきてくれるというのは、ありがたいことだなと思いました。こういうことが、会社を強くしていったり、よくしていったりすることなのかなと、初めて思いました。

「社員一人ひとりと話しあうことで社内が変わり始めた。」

このころから、「この件ちょっと聞かせてもらえるかな?」と私から話を聞きにいくようになり、社員一人ひとりと話す機会が増えていきました。そうしたところ、新たな気付きがありました。それは仕事の無駄です。面白いのが「やらなくていいよ」という人間が社内にいないと、自動的にやらざるを得なくなってしまう。無駄とでも永遠にやり続けてしまうんです。

「この仕事なんでやってるの?何か成果出てる?」と聞くと、「いや、まったく出てないです」という返事が返ってくる。「やることになってるんで」みたいな話がたくさんありました。「これはやらなくていいよ、これはこうしていこうね」と無駄な仕事をドンドン排除していきました。

また、それまでは社員は「私が指示しないと動かない」と思っていました。わたしが思い上がりだったんですけど…。社員としては逆に「若狭さんから指示がくるまでは、余計なことはしないでおこう」みたいな感じになっていたわけです。
でも、私の方から歩み寄っていくことが多くなると、社員も自分の意見やアイデアをドンドン出してくれるようになりました。

上司と部下との関係がよくなってくると、今度は、社員どうしの仲間意識も出てきました。評価とか売り上げとかに走っていたときは、だれも協力し合わないんです。自分のことだけやっていればよいという感じで…。就業時間中に終われない人は残業もドンドン増えていって、頑張れない人間は辞めていくわけです。

今までそれぞれバラバラだったのが、チームとしてまとまり始め、「これやっとくよ」「昨日遅かったから早く帰れよ」と声を掛け合ったり、助け合ったりするようになりました。

「自分が心を開いたら会社が変わる!」

こういう風に回り始めたら、むちゃくちゃ早い。社内の雰囲気が劇的に変化していきました。上下の壁がとれ、横の壁もとれることによって、大きな力になっていったんです。オフィスレイアウトも、一人ひとりが壁に向かって座っていたものが、いまはみんなが集まる場所ができてきて、という感じになりましたね。
自分が変わり心を開いたら、会社が変わる、というのを実感しました。

私と社員との関係性はこのように抜群によくなったので、あと社内で残っているのは社長との関係性です。

自分と社長の世界観が一致した!

社長に魅力を感じて入社したわけですが、社長とはそんなに深く話をしたことはありませんでした。私も目の前のことに追われていたせいか、社長は近くにいても、どこか遠くにいるような、そんな存在でした。
社長からすると、私にきついことを言ったら辞めてしまうんじゃないかなと思い、あまり干渉しないようにしていたみたいなのですが…。

2015年、社長の本心に触れる機会が訪れました。それは、山崎社長と一緒に参加したビジョン・クエストという屋久島でのワークです。宮之浦から縄文杉まで、最後はトロッコ道およそ10キロを、一人ひとり間隔を空けて重いバックを背負って歩く。ここで内省内観をしました。

歩きながら「会社がだんだんよくなってきて、社員も自分の意見が言えるようになってきたんだけども、じゃあ、自分は何をしたいんだろう」と考えました。そのとき、自然とのつながりとか、仲間がいるという感覚とか、“つながり”というのが、自分の中でしっくりきたんです。「つながりを大事にする人生をこれから歩みたいな」というのと、「幸せがつながっていけばいいよな」ということを思いました。

「“つながり”という言葉がわきあがってきた縄文杉からの道。」

山から下山して振り返りのときに、社長から「どんなことを思った?」と聞かれて、「幸せがつながっていくイメージが溢れてきたんですよね」と言いました。そしたら社長も「幸せがつくられて、それが広がっていく感じを思い描いた」と言うのです。そのときに初めて、社長と自分が見たい世界が同じであることが分かりました。

社長は社長として、社員からの評価とか、世間からの評価とかがあるわけです。でも、社長が経営するにあたっての本心は「幸せを広げること」なんだと、建前でなく本心に触れることができました。そして、「この人、ほんと幸せを拡げることをやりたいんだな」と思ったんです。

「社長と自分が見たい世界は同じ。心がつながったビジョンクエスト。」

こうして、山崎文栄堂の「幸せな社会を創り、拡げる」というビジョンが掲げられました。

幸せがひろがっていく!

「幸せな社会を創り、拡げる」というビジョンに基づいて、日々仕事をしていたところ、これは本当に不思議なことなのですが、幸せがひろがる契機が何度も訪れるようになりました。

山崎文栄堂の取引先の一つに、大手上場企業C社さんがあります。以前は業界のトップを走っていましたが、時代も変わり物がなかなか売れない時代なので、経営再編にあたられているところです。

うちの女性の事業部部長がC社担当で、アスクルの文房具を10%の値引きで長らく納品させていただいているのですが、今回、ライバル会社が「18%引きにする」とC社さんに営業をかけてきたのです。C社さんは、うちのトップ5に入るお客様なので、もし取引がなくなると売り上げ的には1億何千万下がる。でも、18%引きにすると赤字になる。

かつての山崎文栄堂でしたら、売り上げ重視だったので、当然のことながらディスカウント競争に参加し、値引き率を合わせる方法をとったと思います。でも、今は違います。赤字を出してまで取引を継続させることは、社員みんなの幸せに繋がらないと思いました。

C社さんも経営をもう一回立て直すタイミングでこういうお話だったので、値引き率を合わせる、合わせないという二極ではなくて、お互いがよくなる方法、第三のアイデアがあるのではないかということで、両社の話し合いの場をもちました。

事業部部長はC社の役員さんに、このように話したそうです。
「弊社も以前は、ドンドン売り上げを上げる、という方針でやってきました。しかし、現在は、経営をシフトして“幸せを創り、拡げる””というビジョンのもと、既存のお客様にどうやって喜んでもらえるかというところに主眼を置いています」
「ですから、値引き率を18%にしたいのは山々なのですが、値引きではなく、私たちができる精一杯のことを再度ご提案させてください」と。

そして、渋谷の創業地につくったコワーキングスペースCOHSAにも来ていただき、私も交えてCOHSAの役割や、会社の取り組みなど、いろいろと説明させていただきました。
COHSAというのは、1階がイベントスペースとカフェ、2・3階がコワーキング・スペースになっていて、人と人とが交流する場所です。地域とのつながりとか、コミュニティづくりに役立っています。

運命の最終決定日。C社の役員5人がずらりと並んだ中、一人の方が、このように話してくださいました。
「値引きはあくまでも一つの方法。うちの会社としては、山崎文栄堂さんの、地域とか人、既存のお客様に対して役に立っていきたいという姿勢はとても共感できます」
「価格って一律ですよね。そうではなくて、人を通して提案してくれるところに山崎文栄堂さんの価値がある。そういう会社と付き合うことが、うちの会社に有益以上の価値をもたらしてくれると考えています」
「だから、このまま取引を継続していくのはもちろん、うちのグループ会社を是非紹介させてください」と。

なんともビックリする結末です。値引きはしなくてよい上に、取引先が6社増えてしまいました。
事業部部長は感動のあまり泣いていました。
彼女は、私がずっと教育してきた社員で、こういう社員が山崎文栄堂の理念をきちんと訴えることができ、それを相手も見てくださったことが、私としてはとても嬉しかったです。

また、外資系電気機器メーカー大手のD社さんから、COHSAにIOT対応の空気清浄機を展示させて欲しいというお話もいただいています。
D社さんは、「これからはモノを売る時代ではなく、空間や空気を売る時代、その結果世界の人たちがハッピーを感じる時代へ」というコンセプトで進められていて、空気清浄機をCOHSAに置いて、そのハッピーな空間を提供しようという試みです。COHSAは雰囲気もよく、人がたくさん出入りするので、白羽の矢を立ててくださったようです。

このように、ビジョン経営を情報発信することによって、山崎文栄堂はお客様から選んでもらえる企業に成長しました。
そして、幸せも社会へひろがりつつあります。

「お客様から選んで頂けるチームに。」

やりたかったことが実現した!

2018年11月に、「サット・サンガ」という自分の会社を立ち上げました。立ち上げたとたん、ドッと仕事が舞い込んできて、人生史上最大のめまぐるしい毎日を送っています。

もともと自分で経営をしたかったのです。公務員やサラリーマンとして、誰かからお給料をもらうのもいいんですけど、私自身を通してやったことに対して喜んでもらいたい、人の役に立ちたいと思っていました。

山崎文栄堂の“若狭謙治”としては、試行錯誤をしながらもこれまで順調にやってきたわけです。しかし、山崎文栄堂の次のステージを考えたとき、自分の人生を歩む方が次の幹部を育てることにつながると思いました。

「自分の歩む道が次の幹部を育てる道でありたい。」

また、「若狭さんは役員として山崎文栄堂にいるんだけれど、自分の会社もやっている。いずれは自分も若狭さんのようにコミットしたものをもってやりたいな」という人が出てくれば、それが会社の活力になるとも考えました。

そして、若狭謙治個人として、これから自分が先頭に立って人の役に立っていくということを、どういう思いでやっていくかと考えていたとき、ちょうど、ワールドユーのトレーナーの方に、「内省内観合宿などリーダーのみんなの成長の場を、サポートして欲しい」と言われました。そういう役割だったら、願ってもないことと思い、お引き受けしました。

現在、その他に、採用セミナーを行ったり、K大学での学生ビジネスコンテストの評価委員を務めたりしています。

今、人生のピーク的に忙しいんです。でも、何のために忙しいのかが分からないときよりも、はるかに充実した毎日を送っています。忙しいこと自体、ありがたいことだと思っています。

このような自分になれたのは、ワールドユーで学び、自分の考え方が変わったことによって、仕事も含めて人生が驚くほど変わりました。
もし、ワールドユーに出会わなければ、営業戦士として走り続けて、ボロボロになっていたと思います。

これからも、より多くの人に喜ばれるよう何事にも取り組み、幸せな社会をひろげていきたいと決意を固めています。



最後まで読んで頂きありがとうございます。
感謝!




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