ヒーロー達の物語
HISTORY OF HEROES

どんどん人が離れていく企業からの脱出 “孤独”や“不安”を克服し、心穏やかに

株式会社ヴァリアント
現)和田食品株式会社

代表取締役社長 和田 雅英

ヴァリアントさんはお父さまが起業された会社で、現在はアミューズメント施設の経営をされています。和田雅英氏は2代目のお兄さまから引き継ぎ、2016年7月に3代目の社長に就任されました(現在は和田食品株式会社 代表取締役社長)。ワンマン経営により、優秀な人材がどんどん辞めていくという苦しい状況が長らく続いていたのですが、現在は信頼する部下もでき、定着率も向上するようになりました。今はとても穏やかな表情で「社員の笑顔が自分にとっての幸せ」とおっしゃる和田氏ですが、昔は何かあるとすぐに怒ってしまう性格だったそうです。どういう風に心が磨かれていったのでしょうか。

常に絶対服従!

私は、元々プロゴルファーを目指していて、大学時代は体育会系のクラブに入ってゴルフばっかりしていたんです。関東で1番、全国では5本の指に入るぐらいがんばりました。

しかし、大学4年のときに父親に「会社へ入れ」と言われ、そのまま会社に入ることに。
かなりのショックを受けましたが、父親の意見は“常に絶対”なので、逆らえなかったですね。昔からすごく厳しくて、限界のない要求をしてくる、そんな人でした。
だから、嫌でもやるしかなかった。すべてが引かれたレールの上を歩むような感じで。

会社に入ったらすぐに、レンタルビデオ店の店長をやるように言われました。
当時はやる気もなく、ただ言われたことを、言われたようにやるって感じでしたね。
2年ぐらいやっていたのですが、つまらなかったので、自ら中古のファミコンの売買を始めました。このときは楽しかったですね。4店舗まで拡大しました。

その後は、スロット店やパチンコ店の店長を務めたんですが、父親の息がかかった古参の幹部がたくさんいて、「自分の意見を通す前に、言われたことをやりなさい」と言われ続けました。納得できなかったけど、従うしかない。

当時は、夜11時に終わり、朝は9時に出社という毎日だったのですが、若かったこともあるし、持ち前の気合と根性でがむしゃらに仕事していました。

そんななか、ゴルフはアマチュアの世界で続け、1997年にはナショナルチームに入り、日本代表になって世界アマチュアに行くこともできました。

でも、2002年、ある出来事によってナショナルチームをやめたんです。
心にポッカリ穴が開いたような感じになって、その頃からですね、私の中で何かがギクシャクし始めたのは…。

どんどん人が離れていく!

当時、3歳上の兄が社長になっていました。
私は兄のことは好きで、憧れの人でもありました。兄もゴルフを続けていたのですが、一度も勝てなかったですね。天才肌なんです。考えたことをすぐに実行して形にしていく。
父親に「兄弟は仲良く」と言われ続けていたので、幼い頃から喧嘩一つしたことがなかった。

「社長は決定する人、部下は実行する人」そう思い込んでいた私は、ナンバー2ですから社長の言われたことを実直にやるしかないわけです。たとえ納得できないことであっても、言われたことをやらなきゃならないし、結果もちゃんと出さなければならない。

そんなプレッシャーがあるなか、やるべきことを部下に伝えようとするのですが、コミュニケーション能力が足りないから、本当に上手くいっていなかったですね。
今は、こんなにしゃべれますけど、その当時はすごい言葉足らずで、ネガティブな発言も多くて…。すぐに怒っちゃったり、すぐムキになっちゃったりして、相手をかなりキズつけてしまっていました。

また、ゴルフって個人のスポーツじゃないですか。努力すれば必ず成果が出る、人の倍、練習したら結果につながる、という世界で私は生きてきたわけです。
だから、自分ができるんだから、お前も頑張ればできるはずだ。できないのは努力が足りないからだ、という押し付けがあったように思います。

私の中には、努力とか諦めない、絶対に負けない、とかいう信念があるので、結局戦っちゃうんですよ。
戦っちゃうとどうなるかというと、部下は弱いから辞めるか、逃げるか、嘘つくか、という感じで、いろんなことが起きる。
でも、それに対して、私はどう対処していいのか分からないから、また戦うか、排除するか、無視するか…と、自分のやる方法でしかできない。
こんなことがグルグル回っていました。

例えば、社長から「この店の売り上げが下がっているから、業績を上げろ」と言われますよね。すると、応援かたがたその店に行って、店長に話をするわけです。
そして、「自分のシフトを変えて、遅くまで働け」とか「新しいものを取り入れろ」とか、店長に対して限界のない要求を言い続けるわけです。
嫌いだった父親をモデリングした感じですね。
部下と飲むときも、だいたい説教。自分の発散の場でした。
こうなると、どんどん悪い方向になり、マイナスのオーラが広がっていって、原因不明の病気にもかかりました。

そんな状態が5年間ぐらい続き、その時の店長はほぼ辞めてしまいました。
優秀な人が他の店に取られていったわけです。もし辞めてなかったら、もっと会社は大きくなっていだろうと今になって思います。

家庭でも、夫婦の会話がうまく成り立たず、私は妻に対して批判ばかりしていました。自分の世界観の押し付けですね。
ある日、夜遅く帰ると、妻がニコニコしながら「お疲れさま。今日も一日ありがとう」って言ってくれたんだけど、私の方は「なに笑ってんだ!俺は仕事してきて大変なのに」って怒ってしまう…ということさえありました。
とうとう妻も口をきかなくなってしまうという状態に。

こんな感じで、社内でも家庭でもどん底の状態のときに、ワールドユーさんに出会いました。

ヒーロー達の物語一覧を見る >